アパート建築のご相談のなかには、老朽化したアパートのお建て替えのお話しがときどきあります。
建物が古くなって雨漏りもするとか、募集しても古すぎて空室がずっと続いているなど、家主さんとっては持っているだけで悩みの種になっているアパートも少なくありません。
そうした事情で家主さんが建替えを思い立たれたとき、まずいちばんに越えなければいけないハードルは、そのアパートに入居しておられる入居者さんのご退去,つまり立ち退きをお願いしないといけないことです。
これはなかなか大変なことです。
なに不自由なく比較的安い賃料の古いアパートに永年お住まいされている入居者さんにとって、老朽化が理由とはいえ、急に出ていって下さいと言われても困るばかりです。かたくなに抵抗される入居者さんもおられます。
この立ち退きでつまづいて建て替えを断念された家主さんを何人も見てきました。
その中で、きちんと入居者さんと話し合って立ち退きを終わらせた家主さんもたくさん知っています。
私が建築のお仕事のお手伝いのなかで家主さんに教えて頂いた、上手な立ち退きのお話しの進め方をここでお伝えいたします。
立退きにあたって必要な心構え
家主さんのなかには、建設会社である私たちに立ち退きの業務の一切を行ってほしい、と頼まれる方もいらっしゃいます。お手伝いしたいのはやまやまなのですが、これを行うと私たちは法律違反を問われるのでお引き受けできません。
どうしてもご自身で進めるのが無理だとおっしゃる家主さんは、弁護士さんにお願いするしかないのですが、トラブルにまで発展しない限り、たいていの家主さんならご自身でやれる業務だと思っています。
ではトラブルにまで発展しないために大事なこと、とは何なのでしょうか。
入居者さんの立場を理解する
“入居者さんが頑として話し合いに応じてくれない”とか”立ち退きをお伝えしたのに、全く動く気配がない”といった状況に手を焼いておられる家主さんの例も知っています。
そうした家主さんに共通して感じるのは、入居者さんに対して”これだけ建物が古くなるまで住まわせてあげてたのだから、そろそろ出て行って当たり前“とか、”今まで相場よりも安い家賃で我慢してあげたのだから、文句を言われる筋合いはない“といった気持ちが見え隠れすることです。
もちろん家主さんのお気持ちはよくわかります。入居者さんのなかには、騒いだりして過去に迷惑をかけた人や、どうしてもと頼まれて安い家賃で入居を認めた人もいるのかもしれません。
でも私の経験では、そうした入居者さんだからといって退去の時に協力的だとは限りません。むしろ渋ってなかなか話が進まない方も多かったです。
だからといって、力づくや裁判などで簡単に解決するものではありません。
私の知る立退きを円満に解決された家主さんたちは、複雑な思いをぐっとこらえて
第一に入居者さんが不安なく退去できるように、相手のお立場を理解しようとなさっていたように感じます。
入居者さんはあくまで入居者さんの立場で立退きのお話を受け止めています。
それぞれに違った状況におかれていて、立退きを告げられたものの、どうしていいかわからないお気持ちの方が多いのです。
生活保護を受けている方や高齢でお一人暮らしの方、お勤めの関係で今の住まいから遠くに離れられない方など状況もさまざまです。
そのそれぞれのご事情に合わせて、どうしたらご希望に沿ったお引越しができるかを、一緒に考えてあげる姿勢で接することで、入居者さんの不安が少しでも和らいでいくのではないかと思います。
一定の費用負担は覚悟しておく
今のお住まいから引っ越しをするとなると、当然のことながら入居者さんにとって出費が発生します。
この出費は入居者さんにとって何の得にもならない費用なので、誰だって払いたくありません。
立退きを円満に進めてこられた家主さんは、こうした費用をご自身で負担する覚悟を決めておられました。
家主さんの中にはお引越しのご経験が無い方もおられましたので、お引っ越し代くらいを負担すれば大丈夫だろう、と思っておられた方もおられましたが、実際にはそれ以外にもいろいろかかります。
次のお部屋を探して決めるときに賃貸ショップに払う手数料、お部屋の礼金や諸費用など、契約の時だけでもこれだけ必要です。
他にも、エアコンが古すぎて移設できないから買い換えないといけない方や、ご高齢で荷物が多すぎてゴミの処分をお一人では終わらせられない方の処分費用など、目に見えない負担がかかっているのです。

上の表は入居者さんが払う費用の例です。(費用ではありませんが家主さんの支出として、敷金を預かっていた場合の返却金もプラスされています)
そうした費用の全部を負担するかどうかは家主さん次第ですが、少なくとも入居者さんのお財布からは確実にお金が出て行っていることを理解しておく必要があると思います。
そして家主さんが費用負担をするお気持ちがあるのなら、必ず最初のご挨拶のときにそのことをはっきりと伝えておくことが大切です。
それを言わなかったばかりに、移転費用は自己負担だろうか?と入居者さんが疑心暗鬼になって、いろんなところに相談に行かれてお話がこじれた例も見たことがあります。
立ち退きで大事なのは、なによりも移転先探し
最初から退去そのものを入居者さんから断られた場合には、もう弁護士さんにお願いして交渉するしかありませんが、
少しでも移転のお気持ちがある場合には、移転先を一緒にお探しすることが円満にご退去いただく近道ではないかと思います。
実は立ち退きを進めるうえで重要な事とは、いかにして出て行ってもらうかを交渉することではなく、どうやって満足のいく移転先を見つけるか、ではないかと思っています。
移転先が見つかるとそのお部屋の契約が必要になりますし、契約するにはあまり遠い将来の入居予定だと断られてしまいますので、自動的に翌月か遅くとも翌々月にはお引越しが決まっていくからです。
なので移転先を見つける作業(これは私がお手伝いさせていただいたこともありました)については、細心の注意を払って進めるようにしています。
その注意点をお伝えします。
入居者さんまかせにしすぎない
入居者さんによっては、家主さんに頼らず自分で次のお部屋を探します、という方もたくさんおられます。その場合は、あまり出しゃばらずに入居者さんご自身にお任せすることはよくあります。
でも、どのくらい順調に進んでいるのかを知っておくためには、本当はできるだけ家主さん側でお部屋探しのお手伝いに関わっていたほうがよい場合があります。
なぜなら、ご自身で探して頂いていると思ってあてにしていたら、実はあちこちで断られてストップしていたりする場合もあるのです。
たとえば年齢制限があるアパートだと、ご高齢者の入居者さんは入れません。以前に滞納を繰り返しておられた履歴のある入居者さんは、入居審査のときの保証会社のチェックで落ちてしまいます。
ペットを飼っているから、いくら探しても受け入れ先が見つからない入居者さんもいらっしゃいます。
そんな状況でそのまま放置してしまうと、入居者さんの不安がどんどんつのっていって、ある日様子を伺うと”やっぱり今のままがいい、このアパートを出たくない”と言われてしまうことにもなりかねません。
どんな場合でも必ず定期的に進み具合をお聞きして、いつでもお手伝いに入れるようにしておくことが大事です。
プロの力を借りる
家主さんはもちろん私だって、その地域のアパートの空き情報についてそれほど知識があるわけではありません。
ネットで調べて出てくる情報ならだれにでも手に入りますが、その情報は実際にその地域で募集している空室の一部でしかないのです。(ネットに載せるだけで経費がかかるからです)
そんなとき、移転先探しでいちばん頼りになるのは地元にある賃貸ショップです。彼らの力を借りなければお部屋探しはなかなか成功しません。
賃貸ショップの担当者さんたちは賃貸アパートの空室情報を持っているだけでなく、それぞれのアパートについての特徴についても驚くほど多くの情報を知っています。
たとえば、ここの家主さんは高齢者さんOKだとか、ネットにはペット可能と書いてないけど以前にペットを飼っている方を入れて下さったとか、ここは保証会社の審査をつけていないですよ、などなどです。
いちばん理想的なのは、賃貸ショップまで私が一緒に行って信用のおける担当者をご紹介して、あとをお任せできるケースです。
担当さんによっては入居者さんと直接連絡を取り合って、たくさんの情報提供をしてくれたり、お部屋を案内してくれたりして、どんどんお話が進んでいきます。
そういう例を目の当たりにして、やはり賃貸ショップの方たちはお部屋を決めさせることについての本当のプロなんだな、とあらためて感心したものです。
お部屋探しはプロの力を借りましょう。
移転先がみつかったら
入居者さんがご満足のいく移転先が無事に見つかったら、たいていの家主さんは契約に必要なお金を前払いしてあげておられました。
古くて家賃の安いアパートにお住まいいただいている入居者さんの中には何十万というお金を立て替え払いすることが難しい方もおられます。
そして家主さんが契約費用の前払いするのと引き換えに、入居者さんから今のアパートの解約(退去)申し込み書を書いてもらっていました。
または、専門の方に相談されて解約合意書のようなものを交わされていた家主さんもおられました。
いずれにせよお金をお支払いするのですから、ご退去いただくお約束が必要になるのだと思います。
そしてお引越しの日の朝に、入居者さんはお引っ越し代金やその他の費用が必要になりますので、その前日までにはお金を用意されてお引越しのときにお渡しされていたように思います。
これで無事にご退去が完了ということになります。
まとめ
- 立ち退きにあたっては、入居者さんの立場を理解することが重要
- 移転先探しを相手任せにせず、できればプロの力をかりる
- 移転先の契約金を支払うときに、いまの契約の解約をしてもらう
これが、私が家主さんから学ばせていただいた立ち退きを円滑に進めていくための秘訣です。
振り返ってみれば当たり前のことばかりなのですが、なかなかその時は気づけませんでした。
ご参考になれば幸いです。

